追試して欲しいのか、欲しくないのか

このところ、オボカタウオッチャーを続ける情熱が急速に冷めてきているのを自覚するのですが、その理由は僕の中ではすでに結論が出ているからなのだろうということに気が付きました。彼女とその弁護団はどうやらSTAPの存在の有無というところに話しの論点が持って行きたいようですが、そもそも論として、今彼女がこれだけ問題となっているのは論文の捏造の認定なのだという物事の原点をごまかしたいからなのではないかと。彼女の見たものが何かということについての疑念がいろいろ取り沙汰されていますが、彼女が違うものをSTAPと言ったかどうかではなく、正しい方法で論文を書かなかったことが問題となっており、それについては本人も含めて誤りを認めたわけですから、この調査の結果は出たと言っても良いはず。

しかし、このお姉さんも理研も世界中の人たちに追試して欲しいのか欲しくないのか、よくわかりません。とくにオボカタさんは、自分の正当性を主張するために、「ありまーす」とか叫ぶ前に第三者が追試に成功するのが重要なはずで、情報を提供したいとか言いながら、「次の論文が。。。」とか、「特許が。。。」とか言って、追試が行われるのを妨げているとしか思えず。

自分の論文の正当性を主張するにはその論文の再現性が必要であるにも関わらず、論文のままでは上手くいかないと言わんばかりの記者会見ってこの人なにが言いたいんだろ・・・と。

そういえば、自分のメールがパンクしていて、若山先生と連絡がとれなくなったと言いながら、早稲田大学の事務とはメールでやりとりできているし、弁護士のおっちゃん達とも打合せをメールでしていたとか。この人のメールは山梨方面からのメールだけパンクするんでしょうか。あ、もしかして山梨の大雪のせいでメールが届かなくなったとか・・・・