理想と現実と無茶な要求と

共同通信社の記事「入院中転倒の過失認める リハビリ病院側に賠償命令」
以下引用。
入院先のリハビリ病院で2007年に転倒し、後遺症を負った北九州市の男性(08年に85歳で死亡)の親族が、病院を経営する医療法人敬天会(同市小倉南区)に3300万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、福岡地裁小倉支部(岡田健(おかだ・たけし)裁判長)は18日、病院側の過失を認め、1980万円の支払いを命じた。

 判決によると、男性は骨折のリハビリで入院中だった07年11月24日、歩行器を使ってトイレから病室に戻る途中、付き添いの看護師が約5〜10秒離れていた間に転倒、後遺症のため寝たきりとなった。男性は、肺がんで08年3月に死亡した。

 判決理由で岡田裁判長は「男性は歩行能力が低下しており、歩行中は常に職員を付き添わせ、転倒を防止する義務があったが、怠っていた」と指摘。「防止策は取っていた」とする病院側の主張を退けた。

 一方で「後遺症のすべてが、転倒によるとはいえない」とし、賠償額を請求額より減額した。

 病院側は「判決には不服で、控訴を検討している」と話している。
引用終わり。

骨折のリハビリ中ということは、この方はおそらく前にも転倒されて骨折されていたのでしょう。歩行器歩行レベルでトイレで排泄をさせていたということは、この方のリハビリも兼ねて病棟内歩行を見守りで始めていたと想像します。この患者さんを見守りしていたNrsがちょっと離れていた時に転倒して(某変態新聞の記事も併せてみると)脳内出血を起こして寝たきり状態となられ、その後肺癌でお亡くなりになられたというのが経過のようです。
この方の歩行能力が低下していたのは間違いありません。見守り歩行が必要であったことも間違いないでしょう。その中で看護師がその場を離れなければ、転倒のリスクが低下していたのも予想できます。ただ「常に職員を付き添わせ、転倒を防止する義務がある」といわれると、多くの医療機関は「ちょっと待ってくれ〜」と言いたくなるのが正直なところでしょう。その患者さんが歩行している間、ずっと見守ることができればそれが一番良かったのは間違いありませんが、何故その看護師は目を離したのでしょう。その事故の起こった時間帯がいつなのかはわかりませんが、何かその患者から離れなければならないような事が起こったからその「持ち場」を離れたのではないかと予想します。その看護師は転倒された患者さん一人をみているわけではなく、何人もの患者さんを受け持っているはず。他の患者さんが危険な状況になったらそちらにも行かなければならないのです。全ての患者さんをマンツーマンでみられる人員配置が可能であればこのサイバンカンのいう「義務」を果たすことができるかもしれませんが、正直そんなにたくさんの人がいる病院はないでしょう。3交代でみて、週休二日制を保証すれば、1ベッドあたり看護師が5人くらい必要ですから、50床の病棟で250人の看護師さんを雇用しなければならなくなります。そうすべきだとサイバンカンさんに言われるてもそんなにたくさんの人を雇うだけのお金を日本という国は払う気があるのでしょうか。

こういった無茶な要求が通る中、病院は「医療安全」の名のもとに患者さんが動けないように仕向けていきます。患者さんが転ばないためには、勝手に動けなくしておくのが一番だからです。ここ数年、急性期病院に入院中、ずっと非麻痺側を抑制帯で縛られていたとか、車椅子にシートベルトで固定されていたという患者さんが増えています。現実に病棟にいる人員で「転倒させない」ということを最優先させていくと、「リハビリをして歩行能力を改善する」よりもずっと「確実」で「安全」な対策法だからです。本来ならもっと活動能力が高くてもおかしくない人が寝たきりとなっていくような悲しい事態が起こっていますが、その遠因として、こういう無茶な要求に対する「後ろ向きな解決法」があるのではないかと感じています。こういった医療者側から見て「理不尽な判決」で患者さんが不幸になっていることを理解して欲しい今日この頃なのでした。