終末期医療について語るのなら。

 いつも大顰蹙をかうこの方。やはり今回も突っ込みどころ満載のコラムを書いておられます。「【断 久坂部羊】終末期医療はだれのため?」http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/090212/acd0902120323002-n1.htmより。
 自分が在宅で診ていた患者さんを紹介した病院でお亡くなりになった患者さんの話です。お亡くなりになる前にCPR(心肺蘇生)をされたことを問題にしておられます。しかし本来癌末期の患者さんのことをここまで考えられるのなら、かかりつけ医自身が患者さんの尊厳を考えて、DNRであることを明確にしなければならなかった、あるいはそういうことについて患者さんの家族も含め話を行う必要があったというふうに自分自身については反省されないようです。医師はDNRであるとされていれば、無意味なCPRも挿管もいわんや人工呼吸器の装着も行いません。
 先週お話しを聞いたアメリカの緩和ケアで印象的だったことは、その7割が在宅あるいは居住系施設でそのサービスを利用していることと、患者さん本人、そして患者さんの家族にたいして精神的なサポートを受けられるようになっていること。さらにはこのサービスがお金のない人でも受けられるようになっているということ。
 人生の最後をどう生きるべきなのか、考えていかないといけないのはまちがいありません。